精神医学の用語は昔から、名称がよく変わります。かつての「精神分裂病」は、2005年に「統合失調症」に変更されました。たしかに、病名が変わってからのほうが、患者さんや家族にも、社会にも、この病気がより正しく理解されるようになった気がします。
1980年にアメリカの精神医学会が、DSM-IIIという診断基準を発表しました。精神医学をより科学的にするために、「これこれの特徴を備えている病態をこれこれと名づけましょう」という明快な約束事で病気を定義しなおしたのですが、その際に、実体がはっきりしているイメージのある「disease(病気)」をやめて、たんに「不具合」を意味する「disorder」を用いるようになったのです。わが国ではそれを「障害」と訳してきました。「気分障害」「不安障害」などの呼び名は、このときにできました。
しかし、日本語の「障害」という言葉には一般に差別的なニュアンスが含まれているということが、とくに児童精神科医から指摘されるようになりました。2014年のDSM-5の翻訳では、病名に「~症」という表記が併記されるようになり、そして今年(2019年)、WHO(世界保健機関)の作ったICD-11という診断基準の翻訳では、多くの疾患の名称に「症」が採用される見通しです。「摂食障害(eating disorder)」も「摂食症」となりそうです。慣れなくて、なにかもぞもぞします。
じつは私自身、2006年の拙著のなかで「“障害”をやめて“症”にしよう」と(控えめに)主張しているのですが、それは差別的という理由ではなく、「障害」ではなにか冷たくて、それを病む人のイメージが希薄になるという理由からでした。「疒(やまいだれ)」は、病気で衰弱した人が物によりかかって寝ている形に由来していて、その「病」を「正しく」示す兆候から成り立ったものを「症」と呼ぶとのことです。「病める人」の意味を含んだ「症」を使うほうが、精神医学が本来の姿に戻ったように思えます。
摂食障害は、たんに食行動が乱れるだけの病気ではありません。物事のとらえ方も対人関係も、生活のあらゆる面が変化してしまいます。摂食障害からの回復とは、摂食障害に悩む人がよりよい生き方を見つけることを意味しているはずです。そう考えれば、「摂食症」の呼び方はなかなか適切な気がします。今後この呼び方が広まるのかどうか、注目です。